名古屋高等裁判所 昭和50年(ツ)15号 判決 1976年7月27日
上告人
櫟木友三郎
右訴訟代理人
鈴木正路
被上告人
西川喜蔵
右訴訟代理人
花村美樹
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
一上告理由第一点について
(一) 原判決が適法に確定した事実は(一)本件土地は農地であつて上告人の所有であること、(二)上告人は被上告人に対し本件土地を昭和一〇年九月七日期限の定めなく賃貸したこと、(三)昭和二三年一〇月訴外国は上告人に対し本件土地について自作農創設特別措置法(以下自創法という)にもとづく買収処分をなし、ついで昭和三〇年一一月一日被上告人に本件土地を売渡したこと、(四)しかし右買収処分には瑕疵があつたので上告人は被上告人に対して右買収処分の無効したがつて右売渡の無効を理由として右土地につき所有権移転登記手続請求の訴を提起し、昭和四五年五月一八日名古屋高等裁判所において上告人の右の請求を認容する旨の判決(同庁昭和四三年(ネ)第四七号)が言渡され、同年六月三日右判決は確定したこと、(五)昭和二三年一〇月以後被上告人は訴外国から本件土地を賃借して国に対し賃料を支払つてきたが、昭和三〇年一一月一日被上告人が訴外国から本件土地の売渡を受けたとされた後は被上告人は本件土地を自己の所有と信じて占有してきたものであること、以上の事実である。
ところで、自創法は、一二条一項において「都道府県知事が第九条の規定による手続(買収農地の所有者に対する買収令書の交付)をしたときは、令書に記載し又は同条一項但書の規定により公告した買収の時期に当該農地の所有権は政府がこれを取得し、当該農地に関する権利は消滅する。」旨規定し、同条二項において「前項の規定により政府が取得した農地につき、その取得の当時賃借権、使用貸借による権利、永小作権、地上権又は地役権があるときは、その取得の時に当該権利を有する者のために従前と同一の条件をもつて当該権利が設定されたものとみなす。但しその権利の存続期間は、従前の権利の残存期間とする。」旨を規定し、同法によつて買収された農地につき、政府にその所有権を原始的に取得させ、その取得の時に当該農地に設定されていた一切の権利はこれを一旦消滅させたうえ、当該権利を有した者のためにその消滅した権利と同一内容の権利が新たに設定されたものとみなした。
しかし本件においては、前示のように昭和二三年一〇月になされた自創法による本件土地の買収処分は無効であつたのであるから、その当時設定されていた被上告人の上告人に対する本件土地の賃借権は右の買収処分によつて、消滅するわけはないのである。
(二) 上告人は 原判決には理由齟齬や実験則違反があり、更に要証事実を証拠によらないで認定し、不要証事実に証拠を要求した違法があある旨縷々主張するが、その主張は要するに、被上告人は昭和三〇年一一月一日(被上告人が訴外国から本件土地の売渡を受けた日)以降、本件土地を自主占有しているのであるから、被上告人の賃借権は同日をもつて自然に消滅したものとみなければならないのに、原判決がそれでも右賃借権の存在を認めることができるとしたことの違法をいうにある。
ところで、自主占有であるための所有の意思は、占有者の内心の意思によつて決まるのではなく、その占有を取得する原因である事実、即ち権原の客観的性質によつて決めるべきであるから、原判決の確定した前示事実関係からすれば、なるほど所論の指摘するごとく、被上告人は、昭和一〇年九月七日上告人よりその所有する本件土地を期限の定なく賃借して以来賃借人としてこれを占有してきたのであるが、国から本件土地の売渡を受けたとされた日である昭和三〇年一一月一日新権原により本件土地を自主占有したものとみなければならない。しかし、占有の態様の如何と本権関係としての賃貸借関係とは全く別個の事柄であるから、本件買収処分及び売渡が無効であつて、賃貸借の目的たる本件土地が依然として賃貸んである上告人の所有に属する以上、上告人と被上告人間の本件土地の賃貸借関係は、被上告人の占有の態様如何にかかわらず、終了しないものと解するのが相当である。
(三) してみれば被上告人は上告人に対して本件土地について賃借権を有するものというべく、原判決が被上告人の本件土地に対する賃借権を認めた点に関する説示はいささか妥当を欠くきらいがあるけれども、その結果において相当であり、所論は採用することができない。
二同第二、第三点について
(一) 所論は期間の定のない農地の賃貸借についても民法六〇四条が適用されるという見地から原判決の判断を非難するものである。
しかし、期間の定めのない土地の賃貸借(借地法の適用あるものを除く)においては、その存続期間ということを観念しえないのであるから、かかる賃貸借に民法六〇四条一項を適用する余地はないというほかなく、我民法は右の賃貸借終了の原因として「解約の申人」を規定し、当事者は民法六一七条に従い 原則としていつまでも解約の申入れをすることができ、この場合賃貸借は解約申入れの後一年を経過して終了するものとしたのである。ただ収穫季節である土地の賃貸借(農地の賃貸借がこれに該当する)においては解約の申入れをする時期につき同法六一七条二項の制限があることは所論のとおりであるが、右の制限が付された理由は、季節中に解約申入れをすると次の季節中に賃貸借が終了し、実際上不便が大きいからであり、解約申入れにつきかかる制限が付されたことによつて賃貸人側に若干の不便を来たすことは双方の利害を比較考量してみてやむを得ないものといわざるをえない(なお時期的に制限されているからといつて所論のように農地賃貸人の解約申入れが事実上不能になるものとは解されない。)。したがつて、民法六〇四条及び六一七条についての原審の解釈は正当であり、この点につき原判決には所論のような法律の解釈適用の誤りはない。論旨は期間の定めのない農地の賃貸借について民法六〇四条が適用されることを前提とする独自の見解に基づくものであつて採用することができない。
なお、ちなみに農地の賃貸借の解約申入れについては、農地法二〇条一項及び五項により、都道府県知事の許可を受けることを要し、許可を受けないで右の行為はその効力を生じない旨を規定し、同条二項は許可をなし得る場合を定めており、右の規定によれば、農地の賃貸借の解約申入れは、都道府県知事の許可を受けることがその効力要件とされており、郡道府県知事の有効な許可があつてはじめて解約申入れによつて農地の賃貸借は終了するものと解される。しかるに上告人は右の許可を受けたことについて、何らの主張も立証もしていないことは本件記録に照して明白であるから、本件賃貸借は終了したものと解すべきであるとする所論はとうてい採用できないものである。
三同第四点について
所論は原判決が憲法一四条一項に違反する判断をしたというのであるが、原判決には所論の憲法違反の点はなく、論旨は独自の理論で原判決を非難するものであつて理由がなく採用することができない。
四よつて民事訴訟法四〇一条、八九条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。
(丸山武夫 杉山忠雄 高橋爽一郎)
上告の理由《省略》